樋口一葉「たけくらべ」は、圧巻の情景描写に酔いしれる。
- 日本文学
掲載日: 2023年02月27日
「たけくらべ」は、1895年(明治28年)に文芸誌「文學界」に発表された小説。
樋口一葉の代表作の一つです。
「たけくらべ」の舞台は、遊郭の街吉原に隣接する「大音寺前(現在の竜泉寺)」。
その界隈で暮らす子供たちの人間模様を描いています。
樋口一葉が実際に住んでいた町なので、登場人物や風俗などの情景描写が実にきめ細やかで
映像を想い浮かべることができるようなリアルさです。
主人公は、太夫を姉に持つ14歳の少女、美登利。そして、僧侶の跡取り息子の信如。
二人は淡い恋心を抱いています。
そして、鳶の頭の子、長吉や、金貸しの子、正太郎が、いろんな騒動を起こして話に膨らみを持たせていくのです。
読む前に知っておくべきこと。
「たけくらべ」の意味。
「たけくらべ」という作品名は、平安時代に編纂された歌物語「伊勢物語」の中の「筒井筒」に由来しています。
筒井筒とは、井戸の周りに作った柵のこと。
幼い男の子と女の子が、筒井筒のあたりで背丈を比べて遊んでいました。
「たけくらべ」ですね。
そして、成長していくにつれ、疎遠になっていきます。
けれども二人は、お互いのことを忘れることができません。
そんなある日、女のところに男からの手紙が届きます。
「筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
(井戸の縁の高さにも足りなかった自分の背丈が伸びて縁をこしました、貴女を見ない間に)」
女は返事を返します。
「くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれかあぐべき(貴方と比べていた髪ももう肩より伸びました、貴方以外の誰が髪上げできるでしょうか)」
斯くして二人はめでたく夫婦となるのです。
当時の時代背景。
明治の頃は、自由に仕事を選べる時代ではありません。
家業を継いでいくことが定められています。
子供たちは、それぞれの家業につくことが定められているのです。
子供たちの置かれている「宿命」を踏まえて読んでいくと、味わい深くなることでしょう。
「たけくらべ」の本文を見ていきましょう。
「たけくらべ」は、全体が16節で構成され、とても巧みに作りこまれた小説です。
第一節で、舞台となる「大音寺前」がどんなところであるか、そして主要人物の一人「信如」を描き、
続いての第二節では、脇役の「長吉」、「正太郎」を描き、
そして、満を持して第三節では、主役の「美登利」を描きます。
登場人物が出そろったところで、物語が動き出す、という仕組みになっているのです。
第一節(吉原のこと、そして信如のこと)
「廻れば大門の見返り柳」の有名な冒頭の文から始まる第一節では、
大音寺前の街がどんな所かを描いています。
廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽氣の町と住みたる人の申き
「たけくらべ」青空文庫
吉原は、「お歯黒どぶ」なる堀に周囲が囲まれた閉鎖的な場所。
出入りできるのは「大門」のみです。舞台となる大音寺前は、吉原のにぎやかさは手に取るように見えるけれど、大門まではぐるっと回っていかないと辿りつけないほど遠い、と言っているのです。吉原の真裏にある街だということが解ります。
この界隈に居を構えていた、樋口一葉だからこその圧巻の描写です。
明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽気の町
「たけくらべ」青空文庫
朝に夕にひっきりなしに人力車が行き交い、計り知れないくらいの反映が伺え、
「大音寺」と仏くさい町名だけれど、実に陽気な町、と界隈の人々は言います。
「これに染まらぬ子供もなし、生意気は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそそり節、十五の少年がませかた恐ろし」
子供たちも大いにませているようです。
そんな、子供たちの中で、ひときわ異彩を放つのが信如です。
校内一の人とて仮にも侮りての処業はなかりき、歳は十五、思ひなしか俗とは変りて、藤本信如と訓よみにてすませど、何処やら釈といひたげの素振なり
「たけくらべ」青空文庫
学校内一番の秀才であるが故、侮るようなことは誰もしない。年は15で、人並みの背丈。
イガグリ頭のせいであろうか俗っぽさがなく、なんとなく、僧侶であるかのように振舞っている、のです。
第二節(長吉のこと、正太郎のこと)
長吉がどんな子供かを描いています。
「横町組と自らゆるしたる乱暴の子供大将に頭の長とて歳も十六、親父の代理をつとめしより気位ゑらく成りて、帯は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足が女房の蔭口」
長吉は16歳、横町の鳶の頭の息子。憎らしき乱暴者のようです。
一方、正太郎はというと、
「表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり身に愛敬うあれば人も憎くまぬ当の敵あり」
表町に住んでいて、長吉よりも三歳年下の13歳。愛嬌のある子どものようです。
ところが長吉にとっては、憎き相手。
叶わぬ相手と見たか、喧嘩の際には信如に助太刀を頼んでいます。
第三節(美登利のこと)
表町にある大黒屋という遊郭の娘、主役の美登利が登場します。
「色白に鼻筋とほりて、口もとは小さからねど締りたれば醜くからず、物いふ声の細く清しき、人を見る目の愛敬あふれて、身のこなしの活々したるは快き物なり」
快活で、気風のいいお嬢さんであり、皆から一目おかれる存在の様です。
さて、二十日から始まるお祭りのことに話が移ります。
どんなことをしようかと、気が合う正太郎と相談しています。
「二十日はお祭りなれば心一ぱい面白い事をしてと友達のせがむに、趣向は何なりと幾金でもいい私が出すからとて例の通り勘定なしの引受け」
姉が、太夫の美登利。いつものごとく大盤振る舞いの様子。
一目置かれる道理です。
そして、以降の第四節(祭りの当日のこと)から、いよいよ、物語が始まっていきます。
第四節(祭りの当日。でも美登利がこない・・・。)
いよいよ祭り当日を迎えます。
十四五より以下なるは、達磨、木兎(みゝづく)、犬はり子、さまざまの手遊を數多きほど見得にして、七つ九つ十一つくるもあり、大鈴小鈴背中にがらつかせて、驅け出す足袋はだしの勇ましく可笑し
「たけくらべ」青空文庫
子供たちは、たくさんのおもちゃを身にまとい、張り切っています。
そんな中、美登里の姿が見えないようです。
一人かけたる美登利が夕化粧の長さに、未だか未だかと正太は門へ出つ入りつして、呼んで來い三五郎、お前はまだ大黒屋の寮へ行つた事があるまい、庭先から美登利さんと言へば聞える筈、早く、早くと言ふ
「たけくらべ」青空文庫
やきもきしている正太郎(;^_^A
子分の三五郎に呼びに行かせます。
第五節(長吉の狼藉)
さて、当の美登里はというと、
待つ身につらき夜半の置炬燵、それは恋ぞかし、吹風すゞしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそゝけ髮つくろひて
「たけくらべ」青空文庫
「待つ身につらき夜半の置炬~♪」と端唄でも歌いながら「それが恋というものよ」などと吞気なことを言っています。
そして、風呂で汗を流して、お母さんに着付けや、髪結いをしてもらっているようです。
かわいそうなのは三五郎です。
まだかまだかと塀の廻りを七度び廻り、あくびの数も尽きて、払ふとすれど名物の蚊に首筋額ぎわしたゝか刺され、三五郎弱りきる時、美登利立出でゝいざと言ふ
「たけくらべ」青空文庫
やっとのことで、美登里と三五郎は祭り会場にやってきますが、とんでもないことが起こるのです。