横光利一「春は馬車に乗って」の夫婦像をアナタはどう見るのでしょうか。
- 日本文学
掲載日: 2022年09月19日
「春は馬車に乗って」は、1926年(大正15年)、雑誌『女性』8月号に発表された小説。
横光利一は「新感覚派」の作家と言われた時期がありましたが、本作はその代表作品です。
肺結核で療養する妻と夫。
療養先での二人の会話を通して心の揺れ動きが描き出されています。
これは、横光利一と内縁の妻サキがモデルの、いわば私小説のような作品です。
会話を読み進めると二人の関係が少しずつあぶりだされていきます。
「新感覚派」の作品は、情景描写などで、作者が描きたい事象を浮かび上がらせていきます。
ですので、文章をじっくり読みこんでいく必要があります。
まずは、冒頭にこんな記載があります。
「まアね、あなた、あの松の葉がこの頃それは綺麗(き れい)に光るのよ」と妻は云った。
「お前は松の木を見ていたんだな」
「ええ」
「俺は亀を見てたんだ」
二人はまたそのまま黙り出そうとした。
二人が見ているものが全く違うのです。
これが何を意味するのか・・・。
さらに妻はこんなことを言います。
「あたし、いま死んだってもういいわ。だけども、あたし、あなたにもっと恩を返してから死にたいの」
もし、妻が、夫の女遊びに恨み骨髄でいるとしたら、こんな怖いセリフはないのです。
さらに、情景描写に注意して読みこんでいくと、こんな描写があります。
「海では午後の波が遠く岩にあたって散っていた。
一艘の舟が傾きながら鋭い岬の尖端を廻っていった。
渚では逆巻く濃藍色の背景の上で、子供が二人湯気の立った芋を持って紙屑のように坐っていた」
決して穏やかな情景ではないです。
ここの描写が以下の様な描写だとずいぶんとイメージが違ってきませんか?
「海では穏やかな波間に、春の日差しがゆっくりと降り注いでいる」
この後には、介護をする夫と、病に伏せる妻の壮絶なやり取りが描かれています。
セリフだけでなく、情景描写に注意して読んでみてください。
さぁ、あなたは、どのような印象を持つのでしょう。
先日行われた読書会で課題図書として取り上げられていましたので
今回この作品をじっくりと読み込んでみました。
読書会で、この作品について色々とおしゃべりができ、とても楽しい時間でした。