信頼のおけない語り部が描く、アンナ・カヴァン「上の世界へ」
- 海外文学
掲載日: 2022年09月22日
主人公は、「下の世界」に暮らす「私」。
寒く、孤独で惨めな日々を過ごしてきたが、もう限界である。
意を決して「上の世界」にいるパトロンに助けを請うことにし、エレベーターに乗り込む。
「上の世界」では、太陽が燦燦と降り注ぎ、幸せな空気に満ちている。
ここから、「私」とパトロンの対話が始まります。
その絶望感たるや、すさまじいものがあります。
これを何かの比喩であるという読み方もあるやもしれません。
けれども、作者であるアンナ・カヴァンの境遇を考えるとボクにはとてもそんな風には思えません。
それまでの人生で味わえなかった幸福な時間を過ごした結婚生活が破綻し
1940年40歳の時、本名である「ヘレン・ファーガソン」の名前を捨てることで、
新しいアイデンティティを「アンナ・カヴァン」として、創作を始め、
その最初の短編集「アサイラム・ピース」に、この作品は収められています。
そんな時期に、客観的に何かを描こうなんて心の余裕があるとはとても思えません。
信頼のおけない語り部である「私」の一人称で物語が進むことからも、
むしろ、絶望の中で、自らを救うために描いた、自らの心象風景なのではないでしょうか。
そういったことを読書会では、ワイワイとおしゃべりしたいものですねぇ。