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JDサリンジャー「対エスキモー戦争の前夜」は、大人のせいで心をむしばまれた若者たちを浮かび上がらせている。

JDサリンジャー「対エスキモー戦争の前夜」は、大人のせいで心をむしばまれた若者たちを浮かび上がらせている。

  • 海外文学

掲載日: 2023年09月03日

「対エスキモー戦争の前夜」は、1948年、サリンジャーが29歳の時、文芸雑誌「ザ・ニューヨーカー」に掲載された短編小説です。
ハイスクールに通うジニーが、友人の家で出会う人々との会話をするうちに、人生で大切な何かを発見していきます。

短編集「ナインストーリーズ」は、シリアスで重く、救いようのない結末を迎えるストーリーが続きますが、「対エスキモー戦争の前夜」は、珍しく読後感が明るい作品です。

「対エスキモー戦争の前夜」を解説します。

では、冒頭から見ていきましょう。

まずは、主人公のジニー・マノックスがどのような女の子かが描かれています。
ジニーはクラスメートのセリーナ・グラフと、毎週土曜日にテニスをしています。
そんなジニーは、セリーナのことをこんな風に思っています。

中程度の食えない子ならいっぱいいるのが一見して分るミス・べーズボアの学校でも最高に食えない子だと思う。

「対エスキモー戦争の前夜」(新潮文庫)

学校の生徒は皆、つまらない子ばかりで、その中でもセリーナは最高につまらない子、だと思っているのです。
つまり、ジニーは、かなりお高く留まっている女の子だということが解ります。

で、なぜ、そんなつまらない子と毎週テニスをしているかというと、新品のボールを毎週持ってきてくれるからなんです。計算高い女の子です(;^_^A

ジニーはセリーヌが封を切っていないボールの缶を毎週持ってきてくれることを家族に伝えます。

頭の固い家の者たちみんなに事情を分かってもらおうと、(以下略)

「対エスキモー戦争の前夜」(新潮文庫)

日本語訳だと、真意が見えないのですが原文ではこうなっています。

For the edification of entire Mannox family,

“Just Before the War with the Eskimos”(講談社英語文庫)

Edification、つまり「啓蒙、教化」するのです。
家族に対しても上から目線であるということが伺われるようになっています。
ジニーは、かなりお高く留まった、気位の高い女の子だということがわかります。

さて、そんなジニーが、あることがきっかけで、テニスの帰りにセリーナの家に行くことになります。
ジニーは、そこで二人の男性に出会います。

セリーナの兄、フランクリンとの会話

一人は、セリーナの兄。
寝ぐせのままの髪の毛で、体をぼりぼりと掻きながらの登場。
会話を交わすうちに、無邪気で飾らない男性だということが解ってきます。
彼の名はフランクリン。英語でFrankは、「素直で、偽りのない」の意味があります。

指を切ったフランクリン。自分のことをジニーが心配してくれていると感じたのか、
それまでの態度を改め、チキンサンドをご馳走しようとしたり、ミルクを飲まないか?と気遣いを見せ始めます。
それに呼応するかのように、ジニーはフランクリンの誠実な人柄に親近感を抱き始めるのです。

会話を交わすうちに、フランクリンは、戦時中は飛行機工場で働かされていたことが解ってきます。
つらい経験を思い出した様子のフランクリン。

立ち上がって窓のところまで歩いて行った。そして、背骨の辺りを親指でポリポリ掻きながら下の通りを見下ろしていたが「見ろよ、あの阿呆ども」と、言った。
「阿呆って誰が?」
「知るもんか。どいつもこいつもさね」

「対エスキモー戦争の前夜」(新潮文庫)

終戦を迎えたアメリカでは、大量消費時代を迎えます。
戦時中に過酷な体験をした若者たちにとって、そんな世の中は大人が作り出したインチキな世界にしか見えません。無垢で、無邪気な男であるフランクリンがいうセリフだからこそ、秘めた怒りが透けて見えてきます。

フランクは、さらに続けます。

「やつらはみんな、徴兵委員会へ行くとこなんだぜ」と、言った。「こんだ、エスキモーと戦争するんだ。知ってるか、あんた?」

「対エスキモー戦争の前夜」(新潮文庫)

第二次世界大戦では、ヨーロッパの国々は、国内が戦場となって惨憺たる状況です。
ところが、アメリカだけは、国内は無傷です。エスキモーと戦うことは、戦場はアメリカ本土となることを意味します。フランクは、こんな浮かれた世の中なんて壊れてしまえばいいと思っているのかもしれません。

フランクリンの友人、エリックとの会話

次に現れるのは、フランクリンの友人、エリック
エリックは、フランクリンとはまるで正反対の人物です。
女の子とみるや、かっこつけてばかりいて、会話の内容も、いかに自分が素晴らしい人間かを滔々と語ります。
そんなエリックに、ジニーはまるで興味なし。会話もする気がないようです。
フランクリンとエリックは映画に行く約束をしています。
映画の題名は「美女と野獣
エリックは「美女と野獣」を8回も見たと自慢します。
フランス映画を観ることで、いかにも教養があることを示しているようです。
片やフランクリンは、ジニーの姉に8回も手紙を出していると言っていました。
返事は一度もなかったにもかかわらず。
8回という回数を使って、見栄を張るエリックと、ありのままの自分をさらけ出すフランクリン対比させています
サリンジャーの緻密な文章校正の妙です。

さて、「美女と野獣」のストーリーがどんなものか、思い出してみてください。
これでジニーがどんな風に変わっていったかがわかるのではないでしょうか。

サリンジャーが言いたかったこと。

ジニーは、元々は心の優しい女の子でしたが、「何か」があって、ぎすぎすした女の子になってしまいました。
そして、純真なフランクとの会話でもとに自分を取り戻していきます。
フランク自身も飛行機工場での労働で「何か」を体験しています。
エリックも同様です。

サリンジャーは、ジニーの心の動きを描くことによって、大人の作ったひどい「何か」で、若者たちがどれほど心をむしばまれたかを浮かび上がらせているのです。

読書会を開催します。

「対エスキモー戦争の前夜」を課題図書として、読書会を開催します。
「対エスキモー戦争の前夜」を皆さんで語り合い、読み解いていきましょう。
この作品を、どのように読み解けばいいのかが知りたい!と言う方、ぜひ、ご参加ください。

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