三島由紀夫「海と夕焼け」には、三島のすべてが詰まっている。
- 日本文学
掲載日: 2022年11月16日
「海と夕焼け」は、1955年(昭和30年)に文芸誌「群像」に掲載された短編。
三島由紀夫が、「この作品の主題はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ」というほど、重要な作品です。
時は鎌倉時代、文永九年(西暦1272年)。
ひとりの老いた寺男が、いつも寺に遊びに来る少年に、
自分の思い出を語って聞かせる物語がこの作品の骨子です。
この寺男の名は、「安里」。日本人ではない。
生まれはフランスの片田舎。羊飼いをしていたのである。
ある日彼は、キリストに出会い、こんな啓示を受けた。
「エルサレムへ行きなさい。地中海の水は二つに分かれてあなたを導くだろう」
たくさんの仲間を集めて、苦労の末、マルセイユ港へ行くが、
ついに海が二つに分かれることはなかった。
それどころか、仲間ともども、騙されて奴隷市場で売り飛ばされてしまう。
その後、流れ流れて、日本にたどり着くことになるというのです。
信仰をしたけれども、奇跡は起きるどころか、苦難の道を歩むことになったわけです。
この物語で三島が何を伝えたいのか。巻末に、三島自身の解説があります。
第二次世界大戦の当初、日本は華々しい戦果を挙げて戦域を拡げていた頃、
三島は日本の勝利を信じて疑いませんでした。
友人とともに勇んで戦地へ行くはずでしたが、
健康診断を誤診され、三島だけが戦地へ行くことができませんでした。
さらには日本は敗戦を迎えることになります。
この挫折体験によって、
三島が常々感じていた、「奇跡は起こりえない」ということが明白になります。
そして、この作品によって
「奇蹟の到来を信じながらそれが来なかつたといふ主題を、凝縮して示さうと思つたものである」と、三島は言います。
寺男「安里」が語りかけているのは、口もきけなければ、耳も聞こえない少年。
これは、独り言を言うのと同じことなのです。