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泉鏡花「夜叉ヶ池」は、鳥肌物の名台詞と手に汗握る大スペクタクルが味わえる極上のエンターテイメント作品です。

泉鏡花「夜叉ヶ池」は、鳥肌物の名台詞と手に汗握る大スペクタクルが味わえる極上のエンターテイメント作品です。

掲載日: 2023年07月04日

「夜叉ヶ池」は、1913年(大正2年)に演劇雑誌「演芸倶楽部」に掲載された戯曲。
泉鏡花、40歳の頃の作品です。

夜叉ヶ池を水源として生活を営む村があり、そこに住む娘、百合
そして、竜神伝説の教えを守り、日に三度の鐘を突く男、
この二人の悲恋が描かれています。

福井県と岐阜県の県境に実存する池「夜叉ヶ池」。
その地に伝わる竜神伝説が、この物語の題材となっています。

夜叉ヶ池の伝説

時は平安時代の初め、817年(弘仁8年)のこと。
美濃国平野庄は、雨が降らない期間が長引き、あらゆる作物が枯れてしまう事態になった。
その地域の郡司は、雨乞いの生贄として、揖斐川上流の山奥の池に娘の夜叉を沈める。池の主である龍神の嫁となった娘は巨大な龍となってしまう。
以来この池の名を「夜叉ヶ池」と名付け、龍となった娘を祭るための祠を池のほとりに建てたのです。

「夜叉ヶ池」は、こんな作品です。

「夜叉ヶ池」は、三幕で構成される戯曲です。
順を追って詳しくみていきましょう。

第一幕

ここでは、主人公二人の仲睦まじい様子が描かれていきます。
時は現代(大正ですが・・・)、季節は夏の盛りです。

三国岳の麓(ふもと)の里に、暮六つの鐘きこゆ。――幕を開く。
萩原晃この時白髪のつくり、鐘楼の上に立ちて夕陽を望みつつあり。鐘楼は柱に蔦からまり、高き石段に苔蒸し、棟には草生ゆ。晃やがて徐(おもむろ)に段を下りて、清水に米を磨とぐお百合の背後に行く。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

夕飯の支度で、米を研いでいる百合。
暮六つの鐘をつき終えた萩原晃が、百合の元へやってきます。
どうやら白髪の様です。

晃: 綺麗きれいな水だよ。(微笑む。)

百合: (白髪の鬢に手を当てて)でも、白いのでございますもの。

晃: そりゃ、米を磨いでいるからさ。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

百合も白髪です。
若いのになぜ白髪なのか。その理由は後ほどわかります

さて、村では、ここしばらく、雨が降っていないようで、干上がっている様子。
心配する百合。

晃はこう言います。

世間の人には金が要ろう、田地も要ろう、雨もなければなるまいが、我々二人活いきるには、百日照っても乾きはしない。その、露があれば沢山なんだ。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

このセリフだけで、晃の人柄が偲ばれます。
そんな晃も家に入ってしまい、百合ひとりとなります。

と、そこへひとりの旅人、学円がやってきます。

今朝から難行苦行の体(てい)で、暑さに八九里悩みましたが――可恐しい事には、水らしい水というのを、ここに来てはじめて見ました。これは清水と見えます。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

村は日照りの様で、ここまでの道中、水を飲めなかったようです。
梨を振舞い、一杯お水をあげましょうかと、言葉をかける百合。

何が今まで我慢が出来よう、鐘堂も知らない前に、この美しい水を見ると、逆蜻蛉で口をつけて、手で引掴でがぶがぶと。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

学円は、既に飲んでいたようです(;^_^A
さて、梨のお代を払うという学円に、面白い話でもしてくれと言う百合。

と、その時です。
家の中では晃が、学円に気が付いたようです。

時に小机に向いたり。双紙を開き、筆を取りて、客の物語る所をかき取らんとしたるなるが、学円と双方、ふと顔を合せて、何とかしけん、燈火をふっと消す。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

諸国を渡り歩いて、面白い話を集めている晃。
面白い話と言うので書き留めようとしたのですが、どうやら学円の顔を見て慌てて明かりを消したようです。
学円も気が付いたようで、こんな話をし始めます。

一人、私の親友に、何かかねて志す……国々に伝わった面白い、また異った、不思議な物語を集めてみたい。日本中残らずとは思うが、この夏は、山深い北国筋の、谷を渡り、峰を伝って尋ねよう、と夏休みに東京を出ました。――それっきり、行方が知れず、音沙汰なし。親兄弟もある人物、出来る限り、手を尽くして捜したが、皆目跡形が分らんから、われわれ友だちの間にも、最早や世にない、死んだものと断念めて、都を出た日を命日にする始末。いや、一時は新聞沙汰、世間で豪い騒ぎをした。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

百合の様子が俄かに変わります。
もう沢山、帰ってくれと言う始末。
これ以上、居座るわけにもいかなくなった学円が去ろうとした、その時です。

晃: (つと蚊遣の中に姿を顕し)山沢、山沢。(ときっぱり呼ぶ。)

学円: おい、萩原、萩原か。

百合: あれ、あなた。(と走り寄って、出足を留めるように、膝を突き手に晃の胸をおさえる。)

晃: 帰りやしない、大丈夫、大丈夫。(とこごえに云って)何とも言いようがない、山沢、まあ――まあ、こちらへ。

学円: 私も何とも言いようが無い。十に九ツ君だろうと、今ね、顔を見た時、また先刻さっきからの様子でもそう思うた

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

どうやら、行方知らずとなっていた男こそが、晃だったようです。
人の目を忍ぶため白髪のかつらをかぶっていたのです。

晃は各地に伝わるいろんな物語を取集すべく全国を回っていて、
この地にも、やってきました。そして・・・、

僕は、それ諸国の物語を聞こうと思って、北国筋を歩行いたんだ。ところが、自身……僕、そのものが一条の物語になった訳だ。君もここへ来たばかりで、もの語の中の人になったろう……僕はもう一層、その上を、物語、そのものになったんだ。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

さぁ、この後、この地で晃のみに何が起こったのか、いろんな謎が語られてゆきます。
晃は、こんな伝説を聞きます。

ここに伝説がある。昔、人と水と戦って、この里の滅びようとした時、越の大徳泰澄が行力で、竜神をその夜叉ヶ池に封込んだ。竜神の言うには、人の溺れ、地の沈むを救うために、自由を奪わるるは、是非に及ばん。そのかわりに鐘を鋳て、麓に掛けて、昼夜に三度ずつ撞鳴らして、我を驚かし、その約束を思出させよ。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

50年に渡って一日も欠かさずに昼夜に三度の鐘を鳴らしたのが、弥太兵衛と云う七十九になる爺様。
晃は、話を聞こうと、弥太兵衛の家に泊めてもらう。

その矢先、弥太兵衛が倒れてしまう。
爺が死んだら、誰も鐘を鳴らすものがない。

かくして、晃が引き継いだ、という次第なのです。

そんな伝説が伝わる夜叉ヶ池を一目見たいと言う学円。
案内をする晃。
一人残された百合は、とても不安で仕方がない様子です。

第二幕

さて、ここからが泉鏡花の本領発揮、魑魅魍魎が登場します。
蟹の化身、蟹五郎と、鯉の化身、鯉七が、何やら話をしています。
その話の話題は、夜叉ヶ池の主、白雪姫のことです。

鯉七: 姫様は、それ、御縁者、白山の剣ヶ峰千蛇ヶ池の若旦那にあこがれて、恋し、恋しと、そればかり思詰めてましますもの、人間の旱なんぞ構っている暇があるものかッてい。

蟹五郎: 神通広大――俺をはじめ考えるぞ。さまで思悩んでおいでなさらず、両袖でひらりと飛んで、疾はやく剣ヶ峰へおいでなさるがよいではないか。

鯉七: そこだの、姫様が座をお移し遊ばすと、それ、たちどころにおそろしい大津波が起って、この村里は、人も、馬も、水の底へ沈んでしまう……

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

白雪姫が、思い焦がれる白山の剣ヶ峰千蛇ヶ池の若旦那に会いに行こうものなら、大洪水が起こって村は飲み込まれてしまいます。
でも、人間との約束がある故、夜叉ヶ池でおとなしくしているのです。

と、そこへ鯰の化身、鯰入がやってきます。
白山の剣ヶ峰千蛇ヶ池の若旦那からの手紙を持参したとのことです。

手紙の中身が気になる三人。
思い切って封を開けてみると、箱の中は水が入っているばかり。
と、その時です。
さっと、清き水が流れ溢れると、そこに白雪姫が登場します。

夜叉ヶ池の白雪姫。雪なす羅(うすもの)、水色の地に紅の焔を染めたる襲衣(したがさね)、黒漆(こくしつ)に銀泥(ぎんでい)、鱗(うろこ)の帯、下締なし、裳(もすそ)をすらりと、黒髪長く、丈に余る。銀(しろがね)の靴をはき、帯腰に玉のごとく光輝く鉄杖をはさみ持てり。両手にひろげし玉章(たまずさ)をさっと繰落して、地摺(ちずり)に取る。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

なんとも雅ないでたちです。
そして、両手にさっと手紙を広げてみる所作の美しさ。

そして左右には・・・、

右に、湯尾峠の万年姥。針のごとき白髪、朽葉色の帷子(かたびら)、赤前垂。
左に、腰元、木の芽峠の奥山椿、萌黄の紋付、文金の高髷に緋の乙女椿の花を挿す。
両方に手をついて附添う。
十五夜の月出づ。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

これまた雅な姥と腰元が付き従っています。

恋焦がれる千蛇ヶ池の若旦那からの文を読み、なんとしても千蛇ヶ池に行きたいと駄々をこねる白雪姫。
人間とかわした約束があるから、相成りませぬ、と説得する姥。
白雪姫と姥たちの名台詞の応酬が続きます。

いよいよ我慢ならない白雪姫。
さて、この作品の中でも一番の名場面がここからはじまります。

白雪: ええ、うるさいな、お前たち。義理も仁義も心得て、長生きしたくば勝手におし。
……生命(いのち)のために恋は棄てない。お退(ど)き、お退き。
一同、入乱れて、遮り留むるを、振払い、掻い潜ぐって、果ては真中に取籠られる。
お退きというに、え……
とじれて、鉄杖を抜けば、白銀の色、月に輝き、一同は、はッと退のく。姫、するすると寄り、颯っと石段を駈上り、柱に縋って屹っと鐘を――
諸神、諸仏は知らぬ事、天の御罰を蒙むっても、白雪の身よ、朝日影に、情の水に溶くるは嬉しい。
五体は粉に砕けようと、八裂にされようと、恋しい人を血に染めて、燃えあこがるる魂は、幽かな蛍の光となっても、剣ヶ峰へ飛ばいでおこうか。

「夜叉ヶ池」(青空文庫)

さぁ、どうなってしまうのでしょうか。
怒涛の展開は、第三幕へ・・・。

千蛇ヶ池の伝説

千蛇ヶ池は、北陸地方、白山の山頂部にある池の一つ。
一年中溶けることのない雪に覆われた不思議な池です。
今から1300年ほどの昔、平安時代。
717年(養老元年)に、泰澄大師が白山を開山します。
そして、麓の村人を苦しめていた蛇を雪で封じ込めたのが、千蛇ヶ池です。


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