サリンジャー「コネティカットのひょこひょこおじさん」は過去の自分への憧憬を描きだす。
- 海外文学
掲載日: 2023年08月14日
「コネティカットのひょこひょこおじさん」は、1948年、サリンジャーが29歳の時、文芸雑誌「ザ・ニューヨーカー」に掲載された短編小説です。
大学生の時に学生寮でルームメイトだったメアリー・ジェーンとエロイーズ。
気の置けない間柄の二人の女性が、久しぶりに会って酒を飲みながらお互いの近況報告をするうちに浮き彫りになっていく積年の悩みを描いています。
「ガラス細工」のようなサリンジャーの作品のなかでも、最も繊細な作品のひとつです。
乱暴に読むと、壊れてしまいますので、細心の注意を払って読んでいきましょう(;^_^A
「コネチカットのひょこひょこおじさん」を解説します。
それでは、冒頭から見ていきましょう。
エロイーズの家に、メアリー・ジェーンが車でやってくるところから物語が始まります。
メアリー・ジェーンは、これまでに2回も来たことがあるにもかかわらず。道を間違えて3時間以上も遅れてやってきます。
一緒にランチを食べようと用意していた食べ物も台無しになった様子。
エロイーズは、楽しみにしていたおひるもおかげで台無しで、臓物から何からみんな焦げちまったと、陽気な調子で言ったけど、メアリー・ジェーンは、どっちみち途中で食べてきたからとそう答えるばかりであった。
「コネティカットのひょこひょこおじさん」(新潮社)
散々待たされたにもかかわらずエロイーズは陽気に振舞います。
メアリー・ジェーンに対して、やさしく振舞うエロイーズ。
一方で、メアリー・ジェーンは、自分のことしか言ってません。
「天然」なんだということが伺われます。
その後、ふたりはリビングでハイボールを飲みながら思い出話に花を咲かせます。
そろそろ帰らなきゃというメアリー・ジェーン。
それを引き留めて、まだまだ話したりない様子のエロイーズ。
と、そこへ、エロイーズの一人娘のラモーナが帰ってきます。
ここから、エロイーズの態度が一変していきます。
「ラモーナ」エロイーズは目をつぶったままでどなった。「キチンへ行って、グレースにオーバーシューズを脱がしてもらいなさいよ」
「コネティカットのひょこひょこおじさん」(新潮社)
キチンから戻ってきたラモーナ。
彼女の様子はちょっと普通ではありません。
体をグラグラと揺らしながら、ぼりぼりと体を搔き、しきりに鼻をほじっています。
そして、想像上の友だち、ジミーを連れています。
その様子から、家庭環境に問題があることが明らかにわかります。
エロイーズは、夫のルーが嫌でたまらないのです。
それゆえ今の生活がすべて嫌なのです。
メイドも嫌いだし、絨毯も嫌い。
ひいては我が子であるラモーナも嫌いなのです。
メアリー・ジェーンと大学の頃の話をしているうちに自分が本当に愛していたウォルトに思いを馳せるエロイーズ。
ウォルトとの思い出に浸っているところに、やってきたラモーナ。
エロイーズは、ラモーナに冷たく当たります。拒否します。
さらに、夫ルーからの電話。
迎えに来てほしいと言われたのも冷たく拒否。
メイドのグレースにも、冷たく接します。
ラモーナの寝顔を見ていたエロイーズは自責の念が沸き上がってきます。
ラモーナにきつい態度で接してしまうことを悔やんでいるのです。
大学時代の自分はこんな人間ではなかった・・・。
それを踏まえてラストを読むと、すべてのことに合点がいくのではないでしょうか。
「ガラス細工」のようなサリンジャーの作品。
ガラスの様に繊細で壊れやすいので、丁寧に読み解く必要があります。
そして、その登場人物も、ガラス細工の様に繊細です。
割れたガラスは、二度と元には戻らないのです。