円地文子の「女坂」は、明治を生きた女性の所作が気品ある「生きた言葉」で描かれています。
- 日本文学
掲載日: 2024年02月06日
「女坂」は、1949年(昭和24年)から8年「小説新潮」に掲載された連作長編。
母方の祖母、村上琴の人生を題材にし、ひとりの明治の女の半生を描いた作品です。
時は明治初頭。江戸時代から続く封建的な気風が色濃く残っている時代です。
主人公の「白川倫(とも)」は、福島県令の大書記官の夫を持つ三十路の女性。
大書記官は、明治の初めの役人。県令(今でいう県知事)を補佐する役人です。
何人もの使用人を抱え、大きな屋敷に住む高級役人。
経済的に裕福な夫から頼まれ、新たな小間使いを探しに、倫が東京にやって来ます。
若く美しい生娘をとのこと。つまり、これは妾を探して来てほしいと言っているのです。
果たして望みどおりの美少女を探し出した倫。
福島に戻り、ここから様々な出来事に翻弄されてゆくのです。
こんなあらすじを聞くとどろどろとしたお話が予想されますが、上品な文章表現ゆえ、そんな感じは全くないのです。
たとえば、冒頭、倫が訪れる東京の家。
そこに住まう老婆の裁縫をする所作をこんな風に表現しています。
「すこしほつれた銀杏返しの髷にほそい縫い針をすいすいととおしてから、絎台の赤い針坊主にさした。」
こんな裁縫の様子を覚えているでしょうか。
頭皮の油を針につけて、針が布に射しやすいようにしているのです。
こんな上品で「生きた表現」が満載なのです。
借り物ではない、自らの経験に裏打ちされにじみ出てきた文章です。
さらに、各章のタイトルが、また美しい。
第一章
「初花」「青い葡萄」「彩婢抄」
第二章
「二十六夜の月」「紫手絡」「青梅抄」
第三章
「異母妹」「女坂」
美しい小間使いを探す件が「初花」。
そして美しい少女を見出す件が「青い葡萄」。
何とも美しいタイトルではないですか。
最後の「女坂」では、「倫」の最後を飾る坂を使った見事なエピソードにうなってしまいました。