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上田秋成「雨月物語」巻の三「吉備津の釜」は、いつの世も変わらぬ嫉妬の恐ろしさを最大限に描ききった物語です。

上田秋成「雨月物語」巻の三「吉備津の釜」は、いつの世も変わらぬ嫉妬の恐ろしさを最大限に描ききった物語です。

掲載日: 2024年09月16日

「雨月物語」は、江戸時代後期の1776年(安永5年)に出版された作品。
9編の短編からなる幻想的な怪異小説集です。
「吉備津の釜」は、その第6話として登場します。

吉備津の釜」のあらすじ

正太郎という酒と色に溺れた男が、嫁を貰うことになる。
献身的に尽くす嫁だが、正太郎は妾を作ってあまつさえ嫁に金を無心する始末。
あまりの仕打ちに耐えかねた嫁が、生霊となって正太郎に復習をするという背筋が凍りつくようなお話です。

吉備津の釜」を読み込んでいきましょう。

冒頭には、「嫉妬深い女」についての、短い考察が書かれています。
現代にも通じるとても面白い考察です。

嫉妬ぶかい女というものは、嫉妬の害がさほどひどくない場合でも、家業のさまたげをなし、器物をこわしたりなにかの手違いをおこさせたりして、隣近所からのそしりはまぬかれがたいものであるが、その害の甚大なものにいたっては、ついに家を失い、国をほろぼして、長く天下の物笑いのたねとなるのである。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

背筋が凍りそうなくらい怖い考察です。
では、男たるものどのように振舞うべきか、

夫が自分の身持をよくおさめて妻を教え導いたならば、嫉妬の弊害も自然と避けることができるのに、それをほんのちょっとした浮気から、女の嫉妬ぶかい本性をつのらせて、自分で自分の身の憂いを招いてしまうのである。昔から、「鳥類を制するのは人間の気合
きあい
ひとつにある。そして妻を制するのは、その夫の雄々しくしっかりした気性ひとつにある」といわれているが、ほんとうにその通りである。

上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

いやはや、まさにそのとうりでございます。
さて、読者に男の振舞はかくあれと釘を刺して、いよいよ物語が始まります。
何とも面白い構成です。

その昔、吉備の国に正太郎という若者がいました。
家業である百姓を嫌い、酒や女におぼれている。
そこで、両親は嫁を貰えばちゃんとした暮らしをするようになるだろうと嫁探しを始める。
すると、良い娘が見つかります。

吉備津神社
きびつじんじゃ
神主香央造酒
かんぬしかさだみき
の娘は、うまれつき優美典雅で教養があり、父母にもよく孝養をつくして、そのうえ和歌もうまくよみ、
こと
も上手に
きます。もともと香央家は吉備の鴨別
かもわけ
の子孫で家柄も正しいのですから、あなたの家がこれと縁組なさることは、きっとよいことがあるでしょう。

上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

両親はあまりにも娘の家柄がいいのでふと心配になる。

「香央家はこの国の名家であり、私どもは氏素姓も卑しい農民です。家柄がつりあいませんから、先方ではおそらく承知なさいますまい」
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

ところが、香央家は、いたって乗り気です。

「うちの娘ももう十七になりましたので、毎日、よい相手はいないものか、そういう人のもとへかたづけたいものだと、私はそればかり考えて心のやすまるひまもございませんでした。いいおはなしですから、早く吉日をえらんで、結納
ゆいのう
を取りかわして下さい」

上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

ここまで読んで、疑問に思いませんか?
そんなに家柄もよく、器量もよい娘さんを家柄が貧しい嫁ぎ先に喜び勇んで嫁に出すのか?と。
もう少し読み進めていきましょう。

話はとんとん拍子に進み、結婚式を挙げることとなります。
そこで、香央家では、御釜祓(みかまばらい)の神事を行うのです。

御釜祓の御湯を奉り、それによって事の吉凶を占うのがつねである。巫子が祝詞
のりと
を奏し終り、御湯がわきあがるときに、吉兆ならば、釜の鳴る音が牛の
えるように大きく鳴る。反対に、凶兆ならば、釜は鳴らないのである。これを吉備津の御釜祓という。

上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

いざ、この神事を行ったところ、
釜は、秋の虫がくさむらですだくほどの小さな声さえ出さないのです。
とはいうものの両親は、この結婚を取りやめるわけにはいかない。
というのも、

娘は、婿となるべき人の眉目秀麗なのをどこからかうわさに聞いて、胸ときめかし、婚礼の日を指折り数えて待ち遠しく思っているようすなのを、もしも今の悪いはなしでも聞こうものならば、どんな無分別なことをしでかすかしれません。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

何が何でも結婚させたい様子。
ますます恐ろし気で、腑に落ちない事態となってきました。
かくして、二人は夫婦となりました。

ここまで読んだ読者に、ここで初めて娘の名が知らされます。

娘の名は「磯良」。現代の読者にはピンとこないこの名前。
南北朝時代の史実が記載された「太平記」にも出てくる海の神の名前です。
海の中に長く居るために、顔には貝などが取り付いていて醜い姿をしているのです。

江戸時代の読者は「磯良」という名を聞いて、この娘は醜い女だということがわかったのではないでしょうか。
この娘が醜いということを踏まえると、なぜ結婚をもろ手を挙げて喜んだのかが合点がいきます。

さて、磯良は夫に献身的に尽くすのですが、夫は磯良を裏切り別な女の元へ逃げて行ってしまいます。
逃げた先は「播磨の国印南郡(いなみのこおり)荒井の里」。
この地は現在でも名前が残っています。「兵庫県高砂市荒井町」です。

そして、この地に所縁のある能の謡があります。
それは「高砂」。
結婚式の披露宴の定番となっている誰もが一度は聞いたことのある曲です。
夫婦愛を高らかに歌い上げる曲が生まれた地で、最悪の破局を迎えるという仕組みになっているのです。

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