朗読コンテンツ07-夏目漱石「夢十夜」第一夜(死にゆく女を看取る男の話)は、美しいというイメージが残れば、それでいい。
- 日本文学
掲載日: 2022年11月10日
「夢十夜 第一夜」はこんな作品です。
「夢十夜」は、1908年(明治41年)に『朝日新聞』に連載された連作短編小説。
10話からなる、不思議な「夢」を語る幻想的な作品です。
7月25日から8月5日まで連載されたということは、毎日掲載されたということです。
恐るべし・・・。
膨大な教養を駆使した「作り物」を旨としている漱石らしく、ただの空々しい幻想的な物語ではなく、生き生きとしたリアリズムにあふれた実に不思議なお話です。
「夢十夜 第一夜」を解説します。
「第一夜」は、とても美しい物語です。
死にゆく女を看取る男。
女は言う。
「百年、待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
男は言う。
「待っている」と。
約束どおりに待ち続ける男。
男の気づかないうちに悠久の月日が流れてゆく・・・。
愛する人が死ぬ話ですが、
最後まで読んで、暗い感じがあまりしないことに気が付きませんか?
むしろ美しいというイメージが残るのではないでしょうか。
それは、使われている文章や単語のイメージがそうさせています。
例えば、冒頭にこんな文章があります。
女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。
「夢十夜」(青空文庫)
この文章からは、温かい生命のイメージがよく出ています。
更にこんなセリフがあります。
「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」
「夢十夜」(青空文庫)
「真珠貝」や「星の破片」といった美しい単語が、この後の文章にも散りばめられていることに気が付きませんか?
これが、美しいというイメージが残る原因なのです。
そして、約束の百年が来ました。すると・・・、
石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。
「夢十夜」(青空文庫)
女は百合(ゆり)となって、会いに来てくれたのです。
百年して合う、つまり、百合(ゆり)です。
漱石は、とても面白い言葉遊びをしています。
そして、美しいというイメージが残る極めつけが最後の文章です。
真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「夢十夜」(青空文庫)
「ぽたりと落ちる露」は、まるで女の涙のようではないですか。
そして「暁の星」は、再生です。
どうして、漱石は、こんな夢を見たのでしょうか。
夏目漱石の人生を知ると、おぼろげながら漱石の言いたいことが見えてきます。
漱石は、大学生になった頃に、兄を二人亡くします。
さらには、恋心を抱いていたとされる兄嫁の登世とも死に別れるのです。
近親者を相次いで亡くし、恋心を抱いていた女性をも失う。
そういった背景を踏まえて読むと、この作品の意図がわかります。
愛しい人を相次いで失い、もう一度会いたい、と思う漱石の気持ちがあったからこその物語ではないでしょうか。
そんな幻想的な物語を朗読と映像で表現してみました。