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ボルヘス『伝奇集』「アル・ムターシムを求めて」は、あらゆるものが無限に連鎖する様を描いている。

ボルヘス『伝奇集』「アル・ムターシムを求めて」は、あらゆるものが無限に連鎖する様を描いている。

  • 海外文学

掲載日: 2026年02月21日

ボクは読書会を主宰していますが、その理由の一つはいろんな本に出合えて新たな気づきがあるから。
参加していただく方から、多くの本のことを教わっています。
そして参加している方も、新聞の書評やネットで調べた情報から選書していることでしょう。
その書評を書いている著名人も、その本の著者からの情報を基に書評を書いています。
その著者もまた、作品を執筆する際には、これまで読んだ本の著者から、少なからず影響を受けているハズ。
このように世の中のあらゆるものは、無限に影響を受けているのです。
「アル・ムターシムを求めて」には、この無限に続く連鎖が描かれています

「アル・ムターシムを求めて」は、こんな小説です。

「アル・ムターシムを求めて」は、1935年に発表された作品。
存在しない架空の小説「アル・ムターシムを求めて」の書評、という体で描かれた短編です。

1935年という年は、ボルヘスの作風が大きく変わった年。
それまでのボルヘスは、エッセイや詩作を行っていました。実際にあるものを描いていたわけです。
ところが、1930年代に入ってボルヘスの作風が変わります。
その当時ボルヘスは大衆紙「エル・オガル」で、外国文学を紹介する記事を書いていました。
その仕事から、自分は書評が書ける、ということに気がつき、架空の小説の書評を書くことを思いつくのです。
架空の書物などを創造し、考察していくような作品を書き始めます。

「アル・ムターシムを求めて」は、ボルヘスが我々がイメージする“ボルヘス”になった最初の作品。
この作品以降、ボルヘスは、読者を惑わす迷宮のような作品を描いていくのです。

「アル・ムターシムを求めて」のあらすじ。

語り手が、インドの小説「アル・ムターシムを求めて」の紹介をします。
この小説には、二つの版があり、初版は1932年に出版されました。
第二版は、タイトルを「アル・ムターシムと名のる男との対話」に変え、「動く鏡の戯れ」という副題をつけたのです。

語り手が手にしているのは、その第二版。
そして、小説のあらすじが語られ、この小説の批評が語られていくのです。

「アル・ムターシムを求めて」を解説します。

では、読み込んでいきましょう。

冒頭で、「アル・ムターシムを求めて」が、どんな小説なのかが説明されます。
この小説は、神秘的な「イスラム世界の寓話」と、相反するような「探偵小説」が組み合わされているとのこと。

ところが、そんな水と油のような組み合わせではあるが、うまく溶け合っていることを、説明しようというのです。

と、その前に・・・。
語り手は別のことを言い始めます。

「アル・ムターシムを求めて」の二つの版の紹介が始まるのです。
この小説には、二つの版があります。
初版は1932年に出版されました。そこには最初の探偵小説であると表紙に書かれています。

第二版は、タイトルを「アル・ムターシムと名のる男との対話」に変え「動く鏡の戯れ」という副題をつけている。
語り手が、持っているのは、その第二版。

語り手は、初版の方が優れていると言う。その根拠は、第二版のみにある付録です。
その付録には、初版と第二版に違いが記載されているのです。

と、その前に・・・。
またもや語り手は別なことを言い始めます。

「アル・ムターシムを求めて」のあらすじを紹介しようというのです。
読んでいると、なんだか迷路に迷い込んだような気がしてきます。

主人公はインドの法律学生。
偶然、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の暴動に巻き込まれます。
彼はイスラム教徒ではありませんが、たまたまヒンドゥー教徒を殺してしまい、郊外へと逃亡します。
汚らわしい盗賊に有り金を盗まれてしまいます。
ここまでが、作品の第二章です。

以降の章は、あまりにも登場人物が多いので紹介することはできないとのこと。
主人公の学生は、とんでもない数の底辺の人々に出会い、交流していく様が描かれているというのです。

と、言いながらも・・・。
あらすじの続きを語りだします。

下賤な階級の人々の仲間に加わり悪事を働く主人公。
ところが、驚くべきことが起こります。

おぞましい男たちの一人の中に「情愛、熱情、平静さ」が見出したのです。
でも、その男は下賤な男にすぎません。
一体どういうことなのかと主人公の学生は考えます。
そして、こんな推論を見出すのです。
その下賤な男から見出される「情愛、熱情、平静さ」は、その男の友人、あるいはそのまた別の友人などから発せられた光が、この男から反射しているにすぎないのだと。

主人公はこう結論付けます。
「地上のどこかに、あの光を発する人間がいるのだ」
そして、この人物の発見に生涯を捧げることを決意するのです。

その人物こそが「アル・ムターシム」です。
主人公は、光の源をたどっていきます。光はより純粋な人物へと繋がっていきます。
そして、最後にアル・ムターシムと思しき人物の元へたどり着き、その人物にアル・ムターシムのことを尋ねる・・・、ここでこの小説は終わっているのです。

初版と第二版の違いとは。

ここから、前に触れていた、初版と第二版についての考察が始まります。
初版では、アル・ムターシムが実在の人物として描かれていて、加えて伏線が張り巡らされており、「探偵小説」的な面白さがあり文学的にも魅力的だった。

一方、語り手が持っている第二版は、寓話的になっており、アル・ムターシムは、「神」を示唆するものとして描かれています。

それゆえ、語り手は、初版の方が文学的には優れていると言うのです。

語り手はさらに「アル・ムターシム」という名前について言及します。
「アル・ムターシム」とは、「救いを求める者」を意味するというんです。
つまり、探し求める「アル・ムターシム」自身が、探し求める人である。
これが何を意味するかというと、

「全能の神も何者かを求めており、この何者かも更に上位の何者かを求めていて、これが時の終わりまで-無限に-つまり円環的に続く」
ボルヘス『伝奇集-アル・ムターシムを求めて』岩波書店より

ボルヘスは、人間が創造したあらゆる作品について、こんな風に言っています。

あらゆる作品はただ一人の著者の作品であり、彼は無時間的かつ無名のものであると規定される
ボルヘス『伝奇集-トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』岩波書店より

つまり、世の中のあらゆる作品は、必ず何らかの影響を受けている。それゆえ一つの大きな存在が作り出したものだと言えるのです。

ボルヘスの、この考えを表現した文章が、最後の一節になっています。
そして、この考えは、ボルヘスの次の作品「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」に繋がっていきます。

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