謎に満ちた夏目漱石『夢十夜-第十夜』の読み解くヒントを解説|なぜ豚が崖から落ちていくのでしょうか。
- 日本文学
掲載日: 2026年05月16日
『夢十夜』とは。
『夢十夜』は、1908年(明治41年)に『朝日新聞』に連載された連作短編小説。
10話からなる、不思議な「夢」を語る幻想的な作品です。
作家の人生をありのままに描く「自然主義文学」とは異なり、リアルな「作り物」を旨としている漱石らしく、実に不思議なお話。
そして、ただの空々しい幻想的な物語ではなく、生き生きとしたリアリズムにあふれています。
『夢十夜-第十夜』のあらすじ。
善良で正直者の若者庄太郎。人のいい彼が女に謂われるがままについて行く。
電車を下りるとすぐと原へ出た。崖のとこまで行く女と庄太郎。と、そこへ豚が一匹鼻を鳴らして来た。ステッキで豚の鼻を触れると豚は崖から落ちていく。次々に崖から落ちていく豚。それが七日間も続くのである。

「夢十夜-第十夜」を解説します。
町内一の好男子で至極善良な正直者の庄太郎が、この夢の主人公。
彼には、ただ一つの道楽がある。
それは、
パナマの帽子を被(かぶ)って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、
夏目漱石「夢十夜-第十夜」(青空文庫)
往来の女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかには
これと云うほどの特色もない。

ある夕方一人の女が不意に店先に立った。
身分のある人と見えて立派な服装をしている。
一番大きい水菓子の籠詰を買ったので、女の家まで持って行ってあげることにした。
行ったきり帰ってこない。
そして、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。
皆が、どこへ行っていたかと聞くと、電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。
女といっしょに草の上を歩いて行くと、絶壁に出くわす。
そこへ、やって来たブタの鼻づらをステッキで打つとブタは崖から落ちていった。
幾万匹か数え切れぬ豚がやって来て、行列して落ちて行く。

とても不思議な話です。
「パナマの帽子」は、おそらくは「西洋化」を暗示しているのでしょうか。
と、すると、正太郎は西洋化を有難がって受け入れていく明治の人々。
立派な服装の女は、西洋文化の誘惑のようなものでしょう。
では、豚は何を表しているのでしょう。
新約聖書の「マルコによる福音書」第五節にこんな記載があります。
ある村にイエスがやってくると、けがれた霊につかれた人が墓場から出てきて、イエスに出会った。
イエスが、「けがれた霊よ、この人から出て行け」と言われた。
山の中腹に、豚の大群が飼ってあった。
霊はイエスに願って言った、「わたしどもを、豚にはいらせてください。その中へ送ってください」
イエスがお許しになったので、けがれた霊どもは出て行って、豚の中へはいり込んだ。
すると、その群れは二千匹ばかりであったが、がけから海へなだれを打って駆け下り、海の中でおぼれ死んでしまった。
全く同じエピソードです。
思うに、西洋化を苦々しく思っている漱石は、悪しき西洋化を次々とがけ下へ落としていくことを夢見たのではないでしょうか。
そんな不思議な話を朗読してみました。


