
菊池寛の「極楽」を読んだあなたは、常識が音を立てて崩れていく体験をすることでしょう(;^_^A
- 日本文学
掲載日: 2025年04月21日
当たり前のように思っていたことが、実は違うんじゃないか?と気づかされた経験はありますか?
例えば、「極楽」についてのイメージ。
この世の極楽と言われるように、この上なく「良い所」だと思っていませんか?
このような今まで当たり前のように思っていたこと。
それが、木っ端みじんに砕かれる体験に、菊池寛の作品を読んでいると、しばしば遭遇します。
「極楽」のあらすじ。
「極楽」は、大正9年に発表された菊池寛の短編小説。
京都の染め物商の老母おかんが、66歳で亡くなる。
信心深いおかんが辿り着いたところは、極楽。
そして、念願かなって、先に亡くなった夫との再会を果たします。
その後ふたりを待っていたものは・・・。というとても面白い物語です。
「極楽」を読み込んでいきましょう。
物語は、京都の染め物商の老母おかんが亡くなるところから始まります。
京師室町姉小路下る染物悉皆商近江屋宗兵衛の老母おかんは、文化二年二月二十三日六十六歳を一期として、卒中の気味で突然物故した。穏やかな安らかな往生であった。配偶の先代宗兵衛に死別れてから、おかんは一日も早く、往生の本懐を遂ぐる日を待って居たと云ってもよかった。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
夫である宗兵衛が先に亡くなっており、年老いたおかんは、あの世での再会を待ち望む日々だったのです。
配偶に別れてからは、日も夜も足りないようにお西様へお参りをして居たから、その点では家内の人達に遉
はと感嘆させたほど、立派な大往生であった。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
とても信心深く徳の高い女性であったことも描かれています。
さらに、おかんの人物描写は続きます。
信仰に凝り固まった老人
の常として、よく嫁いじめなどをして、若い人達から、早く死ねよがしに扱われるものだが、おかんはその点でも、立派であった。一家の者は、此の人のよい、思いやりの深い親切な、それで居て快活な老婦人が、半年でも一年でも、生き延びて呉れるようにと、祈らないものはなかった。従って、おかんが死際に、耳にした一家の人々の愁嘆の声に、微塵虚偽や作為の分子は、交って居ない訳だった。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
立派な人柄であり皆から慕われていたおかんが亡くなったことを、皆が心より悲しんでいるのです。
ここから、あの世に向かう様子が、おかんの視点から描かれていきます。
ここがとても巧みな表現で、読者を飽きさせません。
絶え間もない欷
り泣の声が、初
は死にかけて居るおかんの胸をも、物悲しく掻き擾さずには居なかった。が、おかんの意識が段々薄れて来るに従って、最愛の孫女の泣き声も、少しの実感も引き起さないで、霊を永い眠にさそう韻律的な子守歌か何かのようにしか聞えなくなってしまって居た。枕許の雑音が、だん/\遠のくと同時に、それが快い微妙な、小鳥の囀か何かのように、意味もない音声に変ってしまって居た。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
やがて・・・。
再びほんのりとした意識が、還って来る迄に幾日経ったか幾月経ったか、それとも幾年経ったか判らなかった。ただおかんが気の付いた時には、其処に夜明とも夕暮とも、昼とも夜とも付かない薄明りが、ぼんやりと感じられた。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
おかんはあの世へとやって来たのです。
どこへ向かうとも知れずに歩きだすおかん。
気が付いてからも幾何
歩いたかも知れなかった。距離で計ることも出来なかった。時で計ることは尚更出来なかった。たゞ一生懸命に、長く長く歩いたと云う記憶だけがあった。不思議に足も腰も疲れなかった。現世に生きて居た頃には、お西様へ往復して帰ると家の敷居を跨ぐのにさえ、骨が折れたほどだった。が、今では不思議に、足も腰も痛くない。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
おかんは、さらに歩きます。
十日かそれとも半月も歩いたかも知れないと思った。不思議に少しも空腹を感じなかった。幾何
歩いても、足も痛まなければお腹も空かなかった。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
どうして、こんなに歩くのか。その理由がわかります。
どんなに、此道が長く続いても、何時かは極楽へ行けるのだ。有難い御説教で、幾度も聞かされた通りお浄土へ行けるのだ。配偶の宗兵衛にも十年振に、顔を合わせることが、出来るのだ。そう思うと、おかんは新しい力を感じて来て老の足に力を入れて、懸命に歩き続けるのだった。
菊池寛の「極楽」(青空文庫)
信心深いおかんは、いつかは夫、宗兵衛に会えると信じているのです。
初めて読んだとき、この展開は、予想できませんでした。とても説得力がある流れです(;^_^A
さぁ、歩き続けるおかんに、この後、どんな運命が待ち受けているのでしょう。
あなたの想像を遥かに超えた結末が待っていますのでお楽しみに。
