創造物が現実を凌駕してしまう絵師の悲劇、マルグリッド・ユルスナール「老絵師の行方」
- 海外文学
掲載日: 2023年06月01日
「老絵師の行方」は、1938年にフランスで刊行された短編集「東方綺譚」に収められた幻想小説。
フランスの作家マルグリッド・ユルスナールは、中国や、日本、中東などの各国に伝わる伝承を基にこの作品集を作り上げました。
フランス人が書く東洋の世界、という観点も興味深いのですが
一番の特徴は、文章表現の美しさです。
そこで、文章を引用しながら作品の内容を見ていきましょう。
「老絵師の行方」の舞台は、漢の時代の中国。
主人公は、当てのない旅をする老画家、汪佛(わんふぉ)と、その弟子の玲(りん)。
旅する二人の様子はこんな風に描かれていきます。
「二人の持ち物は、わずかだった。事物そのものではなく事物の影像を愛していたからである。」
絵を描く道具以外は、持つに値しないというのです。
弟子の玲は、画の下書きが入った重い袋を担いでいます。
「あたかも蒼穹の天蓋を背負っているかのようにうやうやしく身をかがめていた。
それというのも玲の目から見れば、この袋は、雪を頂く山々や、春の江河や、夏の月の面輪などに満ち満ちていたからである」
このように美しい文章表現で二人の旅の様子が描かれていきます。
そして、なぜ二人が旅に出たのかが、次第にわかってきます。
さて、ある街に来た時のことです。
ふたりは、囚われの身となり、王宮へ連行されてしまいます。
帝の前に座るふたり。
老画家は尋ねます。何の罪で召したてられたのかと。
帝は言います。
「汝の非を明らかに示すためには、まず余の記憶の回廊を汝に歩ませ、余の一生を物語らねばならぬ」と。
帝は、語り始めます。
ふたりにはいったいどんな罪があったのか、そして、ふたりにはどんな運命が待っているのか。
想像の遥か上を行く結末が待っているようです。
幻想的なお話の流れもさることながら、文章表現が素晴らしいので
ぜひ輪読を読書会で行いたいと考えています。