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国木田独歩「星」は、七夕の日にこそ読みたいファンタジックな作品です。

国木田独歩「星」は、七夕の日にこそ読みたいファンタジックな作品です。

掲載日: 2022年10月05日

「星」は、1896年(明治29年)に、雑誌「国民之友」に発表された作品。
読書会の課題図書として取り上げられましたので再読しました。

人間のありのままの姿を描く「自然主義」作品が多い国木田独歩ですが、「星」は珍しく幻想的なお話です。
ただ、同年代の泉鏡花の作品に比べると、鏡花ほど文章が雅やかで精微というわけではないようです。

若き詩人が庭で焚火をしたところ、こんな風に燃え上がります。

この火のみはよく燃えつ、炎は小川の水にうつり、煙はますぐに立ちのぼりて、杉の叢立むらだつあたりに青煙一抹せいえんいちまつ、霧のごとくに重し。

国木田独歩「星」(青空文庫)

夜が更けてゆき焚火の煙は、いよいよ高く昇っていきます。
さて、空の彼方ではこんなことが起こっています。

天に年わかき男星(おぼし)女星(めぼし)ありて、相隔つる遠けれど恋路(こいじ)は千万里も一里とて、このふたりいつしか深き愛の夢に入り、夜々の楽しき時を地に下りて(う)け、あるいは高峰(たかみね)の岩(かど)に、あるいは大海原(おおうなばら)の波の上に、あるいは細渓川(ほそたにかわ)の流れの(ほとり)に、つきぬ睦語(むつごと)かたり明かし、東雲(しののめ)の空に驚きては天に帰りぬ。

国木田独歩「星」(青空文庫)

やがて女星が詩人の庭から立ち上る焚火の煙を見つけます。

今宵(こよい)はことのほか寒く、天の(かわ)にも霜降りたれば、かの煙たつ庭に()りて、たき火かきたてて語りてんというに、男星ほほえみつ、相抱(あいいだ)きて煙たどりて音もなく庭に(くだ)りぬ。

国木田独歩「星」(青空文庫)

なんと、焚火の煙を見つけた女星と男星は天空から降りてきます。
そして、ふたりは落ち葉が燃え尽きるまで、語り合うのです。
次の晩もその次の晩も、詩人が落ち葉を燃やせば女星と男星は天空から降りてきます。

詩人の庭の落ち葉もなくなる最後の晩。
詩人にお礼を言おうと、詩人の家に入ると、果たして詩人は眠りについています。

浮世のほかなる尊き顔の色のわかわかしく、罪なき眠りに入れる詩人が寝顔を二人はしばし見とれぬ。枕辺(まくらべ)近く取り乱しあるは国々の詩集なり。その一つ開きしままに置かれ、西詩(せいし)「わが心高原(こうげん)にあり」ちょう詩のところ(い)でてその中の『いざさらば雪を(いただ)高峰(たかね)』なる一句赤き(すじ)ひかれぬ。

国木田独歩「星」(青空文庫)

ここで言う「西詩」は、日本から見るところの西、つまりヨーロッパの詩ということです。
そして、この「わが心高原にあり」は、スコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩、「My heart’s in the Highlands」
「高原」と言っていますが、これはHighlandsのことで、スコットランドの山岳地域であるハイランド地方を指しています。

これを見た女星は、
「年わかき君の心のけだかきことよ」と涙を流します。
次の朝、詩人は目覚め、昨夜見た不思議な夢を思い起こします。

夢に天津乙女(あまつおとめ)(ひたえ)(くれない)の星(いただ)けるが現われて、言葉なく打ち招くままに誘われて丘にのぼれば、乙女は寄りそいて私語(ささや)くよう、君は恋を望みたもうか、はた自由を願いたもうかと問うに、自由の血は恋、恋の(つばさ)は自由なれば、われその一を欠く事を願わずと答う、乙女ほほえみつ、さればまず君に見するものありと遠く西の空を(さ)し、よく(まなこ)定めて見たまえと言いすてていずこともなく消え(う)せたり。

国木田独歩「星」(青空文庫)

夢の中で、天から来た乙女が、こう言ったのです
あなたは恋を望みますか?それとも自由を願うのですか

詩人はこう答えます。
自由の中には恋がなくてはだめです。恋をするためには自由が必要です。どちらが書けてもだめなのです

詩人は、この夢を思い出すや否や、まだ夜が明けぬうちに丘へ登ります。
そして、西の空を見ると、二つの小さな星が淡い光を放っているのが見えます。
日が昇り、その星の光も消えてゆきます。詩人の目には涙が溢れてきます。

この涙は何を意味するのでしょう。

これ壮年の者ならでは知らぬ涙にて、この涙のむ者は地上にて望むもかいなき自由にあこがる。しかるに壮年の人よりこの涙を誘うもののうちにても、天外にそびゆる高峰たかねの雪の淡々あわあわしく恋の夢路をおもかげに写したらんごときにくものあらじ。

国木田独歩「星」(青空文庫)

この涙の意味は年を取った人にはわからない。この涙は望む術もない自由にあこがれるものこそ流す涙。
この作品が書かれた明治20年当時は、まだまだ封建的で閉鎖的な社会です。若者が自由を謳歌できる世の中ではありません。
国木田独歩は、自由への憧憬を描いたのでしょうか。

なんと、ロマンティックなお話(;^_^A
国木田独歩は市井の人々の生活を描くだけでなく、こんな幻想的な世界も描くのですね。

ロバート・バーンズのこと

スコットランドの詩人、ロバート・バーンズの名は日本ではあまりなじみがありません。
でも、彼が作詞した曲は、絶対に誰もが知っている曲です。

一つは、「Comin Thro’ The Rye(ライ麦畑を突き抜けて)」
「故郷の空」としても有名です。

そして、もう一つは、絶対に知っているはずです。いや知らない人は絶対にいないと断言できます。
それは、「Auld Lang Syne」と言う詩。

なんと、「蛍の光」でした。

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