ヴィクトール・フランクル著「夜と霧」で、人生で一番大事なことが学べる。
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掲載日: 2018年08月18日
ヴィクトール・フランクルは、アウシュビッツに収監され、奇跡的に生還できた精神科医。
「夜と霧」は、彼の経験したことをつぶさに綴った「体験記」です。
先日行われた読書会では、この「夜と霧」が課題本として取り上げられました。
その際、・ヴィクトール・ フランクルの足跡を取材し
『フランクル「夜と霧」への旅』を書き上げた朝日新聞編集委員の河原理子さんにお話を聞くことができました。
発売当初は、全く売れなかった理由とは。
驚くべきは
ヨーロッパでは、この本が出版された当初は1000部ほど発行されたところで
まったく評判にもならなかったということ。
それどころか、非難されることもあったとのこと。
それには理由があります。
ナチスの親衛隊の中にも、被収容者であるユダヤ人を憐れみ、
密かに食べ物を渡していた隊員もいたり、
逆に収容されているユダヤ人にも同胞に卑劣な行為をする者もいたという事を記述しており、
決してナチスの行った行為を糾弾するような内容にはなっていないんですね。
それ故に、ナチスの罪を暴く事に血眼になっていた当時のヨーロッパでは、
受け入れがたい内容だった訳です(^_^;)
「夜と霧」が、現在に至るまで読み継がれる理由とは。
「夜と霧」が、世界中の人びとに読み継がれる名著であるのは、
多くの人々の指針になってきた真実が描かれているからなのでしょう。
それは、以下に集約されます。
人間は、降りかかって来る運命には、抗うことはできない。
けれども、酷い状況になって、持てるものを全て奪われたとしても、
ただ一つ、私から奪うことができないものがある。
それは、私がどのように振る舞うか、と言うことである。
この作品に描かれていること。
そのすべてが実体験に基づくということに、驚愕です。
わが身に置き換えてみるということすら
怖ろしくてできません・・・。
生き延びた人と、そこで亡くなった人を分けているものとは、何か。
考えさせられます。
それにしても、
能力の劣る民族を排除する政策の恐ろしいこと。
ユダヤ人とはいえ、自国民をかくも恐ろしい目に合わせてしまうとは・・・。
国をつかさどる政党の考え方次第で、
国民は、想像をはるかに超える悲惨な目に合うのです。
このことを、まざまざと考えさせられました。
政党が
「すべての国民を守る」という考え方でいるのか
それとも、
「国」を守るために「役に立たない国民は排除する」という考え方でいるのか。
ここをよく見極めないと、取り返しのつかないことになるわけです。
どこぞの議員が「生産性のない人間に税金は使えない」と言っていましたが
それは、とんでもなく恐ろしい考え方なんだと、あらためて思い知らされました。
現政権は、その議員を認めているわけです・・・。
そのことだけは、しかと覚えて置くことにします。