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上田秋成「雨月物語-浅茅が宿」は、一途な女の健気さと、その報われない残酷さを描いた物語です。

上田秋成「雨月物語-浅茅が宿」は、一途な女の健気さと、その報われない残酷さを描いた物語です。

掲載日: 2024年11月20日

「雨月物語」は、江戸時代後期の1776年(安永5年)に出版された作品。
9編の短編からなる幻想的な怪異小説集です。
浅茅が宿」は、その第3話として登場します。

「浅茅が宿」のあらすじ

時は戦国時代。下総の国で農業を家業とする勝四郎は、農業を毛嫌いし貧乏になってしまう。
彼は商売でもしようと考え、妻を残したまま京の都へ行く。
商売はうまくいき、貯えもできたので妻の元へと向かうが途中で盗賊に全財産を奪われてしまう。
さらには病にも倒れ、故郷へ帰れぬまま7年もの時が過ぎてしまう。
その後、何とかして妻の元へ帰りついた勝四郎の見たものとは何だったのだろうか・・・。

「浅茅が宿」を解説します。

「浅茅が宿」の特筆すべき点は、なんといっても登場人物の描き方が実に巧みなことです。
順を追ってみていきましょう。

まずは、主人公の「勝四郎」

冒頭から勝四郎がどんな人物かが描かれています。

祖父の代から久しくこの里にすみ、田畑もたくさんもって家も豊かに暮らしていたが、生れつき無頓着でのんきな性質から、農業を煩わしいものだといやがったので、ついに貧乏になってしまった。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

この描写からは、勝四郎という男は、怠け者だということが伺えます。
さらに・・・、

雀部
ささべ
曾次
そうじ
という人が、足利染の絹を仕入れるために、毎年都からやってきていたが、真間の里に遠縁の者がいるのをたびたび訪問したところから、勝四郎もかねがね親しくしていたので、自分も商人となって都へ上りたいということを頼んだところ、雀部は気やすくひきうけて、「今度は何日ごろ
つつもりです。御一緒に」といってくれた。そこで、雀部がたのみがいのあるのをうれしく思って、残っていた田を全部売りはらって金にかえ、それで白絹をたくさん買いこみ、準備をととのえて、上京する日を待っていた。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

家業である農業(きつい仕事)を嫌がり、絹を売る商売(きれいな仕事)を未経験ながら始めようということから、愚かな人間だということが伺えるようになっています。

続いて妻の「宮木」

一方、妻の「宮木」はというと、こんな風に描かれています。

人目をひくほどの美貌で、気だてもしっかりして賢かった。今度、夫が商品を仕入れて都へ商売に行くといい出したのを、困ったことになったと思い、いろいろいって思いとどまるように
いさ
めたが、ふだんから思いたったらきかない一本気のうえに、今度はひときわ思いつめているので、手のほどこしようがなく、これから先の生活が心細く不安であったにもかかわらず、かいがいしく夫の旅支度をととのえて、出発の前夜は、離れがたい別れをしみじみと語るのであった。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

勝四郎の妻にしておくのがもったいないと思えるほど、健気で良い妻であることが伺えます。
出発の前夜に、宮木が勝四郎に語る言葉が哀しいです。

「あなたに旅立たれて、財産とてもないこの家にひとり残されては、弱く、頼りない女心は、どうしてよいやらまったく途方にくれるばかりで、このうえなくつらいことでございます。朝夕私のことをお忘れにならないで、早く帰ってきて下さい。せめて命だけはお帰りになる日まで生きながらえたい、命さえあればまた逢えるとは思いますが、明日はどうなるかわからないこの世の定めですから、どうかお
つよ
い男心にもあわれと思って下さい」
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

戦国の世の中に女一人を置いていくということ自体が非常識なことです。
そんな薄情な勝四郎の安否をさえ心配しているのです。

勝四郎の返す言葉は、

「どうして浮木に乗ったような不安な気持や生活で、知らぬ他国に長居するものか。
くず
の葉が風に吹かれて裏返る今年の秋にはきっと帰ってくるよ。気づよく待っていなさい」
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

一見すると、勝四郎の言葉は優しいかのように見えます。
が、しかし秋成の言葉の選択が絶妙です。ここでも勝四郎の薄情さを物語っていきます。
浮気」を連想させる「浮木」。
くず」という語感の「葛」。
さらには、「裏切る」を想像させる「裏返る」。

都へ向か勝四郎のその後。

かくして勝四郎は京の都へ向かいます。
一人残された宮木。
彼女の取り巻く状況はますます戦乱の世の様相を呈していきます。

年寄たちは山ににげかくれ、若者たちは兵士としてかり出され、「きょうはここを焼きはらうぞ」「明日は敵がせめてくるぞ」といううわさに、女子供たちは、うろうろと東に西に逃げまどって、泣き悲しむだけであった。勝四郎の妻も、どこかへ逃げたいものだとは思ったが、「この秋に帰るから待て」といわれた夫の言葉をたのみとしながら、家にふみとどまって、不安な気持で、夫の帰る日を指折りかぞえて待ちくらしていたのである。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

勝四郎の帰還を信じて待ち続ける宮木。
現代の価値観からすると、勝四郎のことなんか忘れてさっさと逃げてしまった方が得策だと思ってしまいます。
そして、さらに事態はひどくなる。

世間が物騒になるにつれて、人心もいっそう険悪
けんあく
になった。たまたま
たず
ねてくる人も、宮木が美貌であるのを見ると、いろいろと親切ごかしをいって誘惑しようとするが、宮木は、かたい貞婦の操を守ってこれを冷淡にあしらい、のちには戸をしめて会おうともしなかったのである。一人いた下女も暇をとって出て行き、少しばかりあった
たくわ
えもすっかりなくなって、心細いうちに享徳四年が暮れた。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

宮木の一途な気持ちに、私は心が打たれてしまいました。
片や勝四郎はというと、

勝四郎は雀部にしたがって都へ行き、白絹を全部売りつくしたが、当時はちょうど義政将軍の東山時代だったので、都は華美を好むときであり、そのためにだいぶんの儲けをして、さて故郷へ帰ろうと(中略)
八月のはじめに都を出発して、みちを木曾街道にとり、木曾の真坂(みさか)を日暮にかけて越えようとすると、盗人どもが行手に立ちふさがり、もっていた荷物を全部とられてしまった。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

約束は守ろうとしていることがわかります。
勝四郎は決して悪い人間ではないのです。
が、しかし・・・、

人のはなしを聞くと、これから東の方は所々に新しい関所を設けて、旅人の往来さえ許さないということである。これでは故郷へ帰ることはおろか、便りをするてだてもない。わが家も戦火で消失してしまったであろう。妻もおそらくは生きていまい。そうだとすると、故郷といっても鬼のすむところ同然であると考え(後略)
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

臆病風に吹かれて故郷に帰らず、再び京都に戻ったのです。
悪い人間ではないが、一途ではないのです。自分本位な勝手な考えで行動する男なのです。
そのまま、京都にて、7年もの月日を過ごします。

そうこうするうちに、勝四郎が暮らす都も戦乱に巻き込まれていきます。

都近くも物情騒然となったが、そのうえ、春のころから悪性の流行病がまんえんして、死骸は路上に累々(るいるい)としてつみ重なり、人心も不安におののき、これでこの世も終りであろうかと、世の無常をひどくはかなみ悲しんだ。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

ひどい状況になったとたんに勝四郎はこう考えます。

よくよく考えてみると、このように落ちぶれて、これといって仕事のない身が、なにをたのみとして、故郷を遠くはなれた土地に滞在し、あかの他人の世話になって、いつまで空しく生きながらえるべきわが命であろうか。故郷に残してきた妻宮木の生死さえしらずに、こんな忘れ草の生えているような土地に、妻を忘れ故郷を忘れて、長い年月をすごしたのは、思えば不実なわが心からであった。たとえ妻が死んで、以前のようにこの世にはいないとしても、せめてその遺骸なり死地なりでもたずねて、墓でもつくろうと思い、人々に自分の気持をはなして、五月雨のふるころ、晴れ間を見て別れをつげ、十日あまりの旅をつづけて故郷へ帰り着いた。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

何とも情けない男です。
自分のいる京の都が物騒なことになってきたことが嫌で、故郷に帰ることにしたわけですから。
宮木のことは、そのついでのようではないですか。

故郷へ戻った勝四郎が見たものは。

実に7年ぶりに勝四郎は故郷へ戻ります。
戦乱を経たことで、故郷は見る影もなく荒れ果てています。

故郷に足をふみいれたときは、日はすでに西に沈んで、雨雲はいまにも降るかと思うほど低く暗くたれこめていたが、長いあいだすみなれた郷里のことであるから、迷うはずもあるまいと、夏草の生い茂った野をわけて進んでいくと、昔から有名な真間の継橋もいまでは川の瀬に落ちているので、古い歌のように、駒の足音も聞えず、人の往来もとだえているうえに、あたりの田畑は荒れ放題に荒れて、昔あったはずの道もどこだかわからず、昔の人家も見当たらない。まれまれここかしこに残っている家のなかに、人がすんでいると見受けられる家もあるが、昔とは似ても似つかない有様である。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

ところが・・・、

三、四十メートルばかりむこうに、落雷にひき裂かれた松のそびえ立っているのが、雲間をもれてくる星あかりにぼんやりと見えたが、勝四郎は、それを見ると、そうだ、あれこそわが家の軒のめじるしが見えたのだと、まずうれしい気持がして、その方に足をはこんだが、家は以前にかわらないでのこっている。しかも人がすんでいる様子で、古い戸のすきまから灯火の光がもれてちらちらする。
上田秋成「雨月物語(現代語訳)」(青空文庫)

さぁ、勝四郎は、故郷で何を見ることになるのでしょうか。
ここから先は、ぜひ、本文を読んでみてください。
単なる怪異譚ではない、とても心に染み入る物語が綴られています。

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