太宰治「道化の華」は、道化を演じて生きることへの是非を問う自問自答が描かれているのではないだろうか。
- 日本文学
掲載日: 2024年04月14日
「道化の華」は、1935年に同人雑誌「日本浪漫派」5月号に掲載された中編小説。
5年前の1930年に自ら引き起こした心中事件を題材にした私小説的な作品です。
が、単なる私小説ではありません。太宰は、読者を楽しませるためにすべての作品に創意工夫をしています。
自らの心中事件を扱った「道化の華」も、実に見事な仕掛けがされているのです。
心中事件のこと
帝国大学の学生であった太宰は、芸者の小山初代との結婚を希望。ところが父親から反対され離縁されてしまう。
落胆した太宰は、知り合ったばかりの銀座のバーの女給田辺シメ子と鎌倉の海岸で入水心中を図ります。
ところが、シメ子だけが死亡し、太宰は助かってしまい自殺ほう助罪の問われるのです。
「道化の華」を読み込んでいきましょう。
主人公は、無名の洋画家「大庭葉蔵」。
この名前は、なんと「人間失格」の主人公と同じ名前です。
冒頭は、とても不吉な始まり方をします。
ああ、友はむなしく顏をそむける。友よ、僕に問へ。僕はなんでも知らせよう。僕はこの手もて、園を水にしづめた。僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ。もつと言はうか。ああ、けれども友は、ただかなしき眼もて僕を眺める。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
大庭葉藏はベツドのうへに坐つて、沖を見てゐた。沖は雨でけむつてゐた。
病院のベットに横たわっている葉蔵は、思索を巡らせています。
どうやら、悪徳をもって人を殺めたようなことを言っています。
これが何を意味しているかは、後ほどお話ししましょう。
さて、物語が始まるかと思いきや・・・、
僕はこの數行を讀みかへし、その醜さといやらしさに、消えもいりたい思ひをする。やれやれ、大仰きはまつたり。だいいち、大庭葉藏とはなにごとであらう。(中略)
太宰治「道化の華」(青空文庫)
この姓名は、僕の主人公にぴつたり合つた。大庭は、主人公のただならぬ氣魄を象徴してあますところがない。葉藏はまた、何となく新鮮である。古めかしさの底から湧き出るほんたうの新しさが感ぜられる。しかも、大庭葉藏とかう四字ならべたこの快い調和。この姓名からして、すでに劃期的ではないか。その大庭葉藏が、ベツドに坐り雨にけむる沖を眺めてゐるのだ。いよいよ劃期的ではないか。
なんと、この小説を書いている「僕」なる人物が登場し、「大庭葉蔵」という名前について語りだすのです。
それだけではありません。
いつそ「私」としてもよいのだが、僕はこの春、「私」といふ主人公の小説を書いたばかりだから二度つづけるのがおもはゆいのである。(中略)あいつは「私」を主人公にしなければ、小説を書けなかつた、としたり顏して述懷する奇妙な男が出て來ないとも限らぬ。ほんたうは、それだけの理由で、僕はこの大庭葉藏をやはり押し通す。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
をかしいか。なに、君だつて。
なんと、なんと、読者に向かって語りかけてくるのです。不特定多数の大勢の読者ではなく、今読んでいる自分に作者が語りかけているかのような錯覚に落ちる工夫がされています。
そして、物語が始まります。
一九二九年、十二月のをはり、この青松園といふ海濱の療養院は、葉藏の入院で、すこし騷いだ。青松園には三十六人の肺結核患者がゐた。二人の重症患者と、十一人の輕症患者とがゐて、あとの二十三人は恢復期の患者であつた。葉藏の收容された東第一病棟は、謂はば特等の入院室であつて、六室に區切られてゐた。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
葉藏は、海沿いの病院に入院しています。そして、なぜ入院していたのかが綴られます。
その前夜、袂ヶ浦で心中があつた。一緒に身を投げたのに、男は、歸帆の漁船に引きあげられ、命をとりとめた。けれども女のからだは、見つからぬのであつた。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
そんな状況の葉蔵のところへ、友人たちがやってきます。
葉蔵を取り巻く人間模様がここから描かれていきます。院内の食堂で、飛騨と小菅が昨日起こった葉蔵の心中事件について語り合います。
飛騨は、あしもとの燃えてゐるストオブの火を見つめながら呟いた。「女には、しかし、亭主が別にあつたのだよ。」
太宰治「道化の華」(青空文庫)
ミルクの茶碗をしたに置いて小菅は應じた。「知つてるよ。そんなことは、なんでもないよ。葉ちやんにとつては、屁でもないことさ。女に亭主があつたから、心中するなんて、甘いぢやないか。」言ひをはつてから、頭のうへの肖像畫を片眼つぶつて狙つて眺めた。「これが、ここの院長かい。」
「さうだらう。しかし、――ほんたうのことは、大庭でなくちやわからんよ。」
「それあさうだ。」小菅は氣輕く同意して、きよろきよろあたりを見回した。「寒いなあ。君は、けふここへ泊るかい。」
飛騨はパンをあわてて呑みくだして、首肯いた。「泊る。」
心中のことに触れるかと思いきや、院長の肖像画に話題が移り、再び心中について、話が及ぶかと思いきや、今度は今夜はどこに泊まるかを話し出す。
一向に心中について真剣に語り合わないのです。
そのことを、作者は言及します。
青年たちはいつでも本氣に議論をしない。お互ひに相手の神經へふれまいふれまいと最大限度の注意をしつつ、おのれの神經をも大切にかばつてゐる。むだな侮りを受けたくないのである。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
道化を演じ続ける若者たち。読み進めるうちにお気づきかと思いますが、昨日心中があったとは思えないほど、登場人物はゲラゲラと笑い不謹慎な行動をするのです。誰一人真剣に向き合おうとしないのです。そして、それを批判する作者。
実生活では、幼少時に体験した「道化」という生き方。
詳しくは、「思い出」を参照してください。
果たしてそれでいいのだろうかと、太宰自身が自らに問いかけているような気がしてなりません。
さて、穏やかで明るい病院での描写が続きます。そこに登場する人物は皆、善意に溢れた人ばかりです。
そこで作者は言葉を挟みます。
僕は三流作家でないだらうか。どうやら、うつとりしすぎたやうである。パノラマ式などと柄でもないことを企て、たうとうこんなにやにさがつた。いや、待ち給へ。こんな失敗もあらうかと、まへもつて用意してゐた言葉がある。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
美しい感情を以て、人は、惡い文學を作る。
つまり僕の、こんなにうつとりしすぎたのも、僕の心がそれだけ惡魔的でないからである。
そこで冒頭の記述の意味が判ります。
ああ、友はむなしく顏をそむける。友よ、僕に問へ。僕はなんでも知らせよう。僕はこの手もて、園を水にしづめた。僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ。
太宰治「道化の華」(青空文庫)
太宰は元来、善良な人間です。なんとかして悪徳ある人間になって文学作品を作れればとの願望を漏らしているのではないでしょうか。